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東京高等裁判所 昭和45年(う)1200号 判決 1970年9月14日

控訴人 被告人

被告人 長橋七郎

弁護人 鈴木勇 外一名

検察官 斉藤済次郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月に処する。

理由

職権をもつて、原審訴訟手続の適否につき、次のように判断する。

原審記録によれば、原審第一回(昭和四四年八月一四日)公判期日において、被告事件に対する陳述として、被告人は、「事実は間違いないですから、そのため有罪になつても仕方ないと思つております」と述べ、弁護人も「被告人の陳述と同様です」と述べ、これを受けて原裁判所は本件を簡易公判手続によつて審判する旨の決定を宣し、同期日において検察官請求にかかる証拠書類、証拠物の取調をすべて了したこと(なお、弁護人請求にかかる情状証人三名の採用決定がなされている。)、第二回(同年九月一日)公判期日は、証人不出頭により変更決定がなされ、第三回(同年一〇月九日)公判期日においてさきに採用決定された情状証人中出頭した二名の取調がなされたほか、弁護人請求にかかる証人三名の採用決定がなされたこと、第四回(同年一一月二七日)公判期日は被告人不出頭により変更決定がなされたが、公判期日外の手続として、前回決定の弁護人側証人三名の取調がなされたこと、第五回(同四五年二月二三日)公判期日において右証人三名の尋問調書が職権により取り調べられたが、その後、被告人は、弁護人、裁判官の質問に答え、本件公訴事実にかかる横領の犯意を否認するかのような供述をしていることが窺われる。そして、さらにその後の公判手続の経過をみると、第六回(同年三月一六日)公判期日においては、さきに取り調べられた弁護人側三名中の一名が在廷証人として再尋問され、第七回(同年四月一七日)公判期日においては、弁護人側の当初の請求にかかる証人一名の取調がなされ、裁判官による簡単な被告人質問(右質問に対する被告人の供述のなかに、本件公訴事実を認める趣旨を窺うことができない。)の後、検察官、弁護人、被告人の意見陳述がなされて結審されていること、以上の経過を認めることができる。

そこで、上記引用の第五回公判期日における被告人の供述を重視するかぎり、原裁判所としては、同期日あるいはその後の期日において刑訴法二九一条の三後段に則り、第一回公判期日においてなされた簡易公判手続により審判する旨の決定を取り消すべきではなかつたかとの点が一応問題となりうると考えられるが、被告人が後に自白を飜えした場合には、そのー事により簡易公判手続により審判する旨の決定を取り消す必要はなく、被告人の否認供述の内容、従来取り調べられた証拠の内容等をつぶさに検討し、通常の手続により審判するのが相当と認められる場合に始めて右決定を取り消すべきであり、またそれをもつて足りるものと解するを相当とするのであつて(東京高裁昭和三一年三月六日判決、高裁判例集九巻三号一九六頁等参照)、これを本件について見るに、すでに弁護人、被告人の事実誤認の主張を内容とする論旨に対して判断したところからも明らかなように、被告人の原審第五回公判期日における供述は、第一回公判期日において取り調べられた諸証拠、とくに鈴木文男および被告人の捜査官に対する各供述調書の内容と対比すると、とうてい措信するに足りないものと考えられるのみならず、原裁判所としては、上記引用の原審訴訟手続の経過から明らかなように、弁護人側申請にかかる証人は、被告人の自白撤回前に五名、その後にさらに二名と悉くこれを取り調べているのであつて、これらの証言内容も勘案のうえ、あえて本件は同法二九一条の三後段にいうところの、簡易公判手続によることが相当でないとして通常の手続に移行するまでの必要はないものと考えて、いわゆる取消決定をしなかつたものと推認することができるのであつて、もとより原審の右措置は当裁判所としてもこれを是認するに足りるものであるから、結局において、この点に関する原審訴訟手続には、何ら違法は存在しないものというべきである。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 小川泉 裁判官 藤井一雄)

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